ご存知ですか?グルコサミン

鳥取大学農学部南三郎教授に聞く、グルコサミンの働き        PRESIDENT

 グルコサミンって関節の痛みに効くって聞いたことがあるけれど、健康食品って本当に効果があるのかどうかよくわらない……。こんな人が多いのではないだろうか。

健康食品は医薬品と違って、身体の特定の部位に対する効能を謳うことができない。それだけに消費者にとっては、理解しづらい点が多いのは事実だ。

 10月9日、JR大阪駅にほど近いアサヒグループの「アサヒ ラボ・ガーデン」で開催された「ご存じですか? グルコサミン」と題するセミナーでは、グルコサミンの驚異的な効能が、数々のこれまた驚異的な実験データや映像によって紹介された。

 

 講師は、鳥取大学農学部で獣医外科学を教える南三郎教授。南教授はキチンやキトサンなどの天然資源を動物医療に応用する、ユニークな研究で知られる。キチンからつくられるグルコサミンに関しては、もちろん日本を代表する権威である。

 

ちなみに、アサヒビールを傘下に持つアサヒグループホールディングスの「アサヒラボ・ガーデン」は、食と健康をテーマにした情報発信拠点として、さまざまなセミナーを開催する他、お酒や食に関する蔵書を一般に公開するなど地域に開かれた活動を行っている。

 

この日のセミナーには杖をついた高齢者の参加者の姿も見られ、グルコサミンに対して切実な関心を寄せている方が集まっているようだった。果たして、グルコサミンとはどのような物質で、何に対して効果があるのだろうか。

 

わずか2ヶ月で走れるようになった ラブラドールレトリーバー

 まず、グルコサミンの効果を実証する映像として南教授が見せて下さったのが、生後7ヶ月のラブラドールレトリーバーの治療記録である。

 

股関節形成不全(股関節が完全に出来上がっていないために亜脱臼の状態にある)という病気を抱えて生まれてきたこの犬は、歩こうとするたびに激しい 疼痛に襲われているようで、数歩しか歩くことができなかった。外科的な手術によって治療することもできたが、数10万円の手術費用がかかってしまう。手術するかどうか迷っている飼い主に向かって、南教授はこう提案した。

 

「私はグルコサミンの研究をしていますが、明確な効果があるかどうかはまだわかりません。費用はかかりませんから、とりあえず試してみませんか」

 

南教授は飼い主の了解を得ると、1日あたり1グラムのグルコサミンとコラーゲンペプチドを経口投与する治療を開始した。すると、わずか3~4日で減退していた食欲が回復し、1週間後には歩行が可能になり、なんと2ヶ月後には疾走できるようになってしまったのである。

 

その一部始終を収めたビデオを見たが、後ろ足をつくことさえできなかった犬が全力で走り回る様子は、まさに奇跡としか言いようがない。南教授自身にとっても、「信じられない効果」だったという。

 

では、このグルコサミンとはいったい何者なのだろうか? カニの甲羅からつくられるという話は聞いたことがあるが、ならばカニの甲羅を砕いて食べれば同じ効果が得られるのかといえば、そうではないらしい。

グルコサミンは、カニの甲羅の構成成分であるキチンを塩酸で分解することによって得られる。キチンは、その90%以上がアセチルグルコサミンが連 なった高分子であり、グルコサミンと比較するとアセチルグルコサミンは摂取してもほとんど体内に吸収されない。ところがキチンを塩酸で分解してやると、グ ルコサミンが得られ、その物質は血液中や細胞中に吸収されやすくなる。これがグルコサミンだ。

 

「グルコサミンとは、キチンという天然資源を工場で精製・分解してつくるものです。グルコサミンが含まれていると言われる食べ物を食べても、グルコサミンが単独で体に吸収されることはないのです」

 

つまり、普通の食事をしていて自然にグルコサミンが摂取できることはないわけだ。グルコサミンのサプリメントが数多く販売されている理由はそこにある。

では、グルコサミンはいったいどのようなメカニズムで、何に対して効果を発揮するのだろうか。

 

更年期を過ぎた女性の多くは 膝が痛くなる

 グルコサミンの“効き方”を理解する前に、変形性膝関節症という病気について知っておく必要がある。

 

南教授によれば、これは更年期を過ぎた50代以降の女性に多く見られる病気であり、膝関節でクッションの役割をしている軟骨がすり減ったり脚の筋力 が低下することによって、膝関節に炎症が起きたり痛みが生じたりする病気だ。直接的な原因は年齢とともに軟骨がすり減ってしまうことにあるが、軟骨の状態 は、軟骨を支えている骨の状態にも大きく影響されるという。

 

「更年期を過ぎてホルモンが変化すると、多くの女性が骨粗鬆症といって骨密度が低下する病気になりやすくなります。この骨粗鬆症が膝の骨で起こると、変形性膝関節症を引き起こす原因になります」

 

膝の軟骨は軟骨下骨という骨によって支えられている。この軟骨下骨の骨密度が下がってしまうと、軟骨に栄養を供給することができなくなり、その結 果、軟骨がすり減ってしまうというわけだ。つまり、軟骨を回復させようと思ったら、軟骨だけでなく、その下にある軟骨下骨まで回復させてやる必要があるわけだ。

 

「一般的に、関節を支えている軟骨は再生しないというのが、いまだに常識とされているのです」

だとすれば、先ほどのラブラドールレトリーバーの奇跡的な回復はいったい何だったのか、ということになる。

 

鍵をにぎる プロテオグリカンという組織

 南教授はウサギの関節の軟骨に実験的に損傷を与え、一方のウサギにはグルコサミンを投与し、他方のウサギにはグルコサミンを投与しないで経過を観察 するという対照実験を行っている。その結果、グルコサミンを投与したウサギでは、再生されないはずの軟骨がわずか3週間で再生することが確認されたという。

 

「この実験から、グルコサミンには軟骨の再生を促進する作用があることは明らかですが、再生の鍵を握っているのはプロテオグリカンという組織です」

 

軟骨の組織は、軟骨細胞に結合したヒアルロン酸からアグリカンという組織が放射状に広がった構造を持つ、プロテオグリカンという組織によってできあがっている。

このプロテオグリカンという組織は水分を保持する機能を持っており、この水分が軟骨に弾力性を与えている。逆に言えば、プロテオグリカンという組織 が失われてしまうと、軟骨は水分を保持することができなくなって弾力性を失ってしまう。その結果、骨と骨が直接こすれるようになって、変形性膝関節症を引 き起こすことになってしまうわけだ。

 

グルコサミンは、このプロテオグリカンという組織を再生させる力があると考えられている。

「これまでの医学では、軟骨は再生されないと考えられてきましたが、明らかに栄養学的な視点を欠いた考え方でした。グルコサミンはアグリカンの原料 を作るコンドロイチン硫酸合成系を体内で刺激し、プロテオグリカンを再生させ、その結果として軟骨のクッション性を回復させる力があると考えられるのです」

 

筋骨草との驚くべき相乗効果

 さて、先ほど見たように変形性膝関節症の直接的な原因は軟骨がすり減ってしまうことにあった。そして、すり減って弾力性を失ってしまった軟骨の再生にグルコサミンが有効であることは理解できたが、もうひとつ重要な問題が残っていた。骨粗鬆症の問題だ。

 

骨粗鬆症の発症によって軟骨下骨の骨密度が低下してしまい、軟骨に栄養を供給できなくなってしまうことも、変形性膝関節症の原因のひとつだった。つ まり、より本質的な回復のためには、軟骨下骨の骨密度を回復させて、軟骨に十分な栄養が供給される状態を取り戻す必要があるわけだ。

 

アサヒグループホールディングス「食の基盤研究所」はこの軟骨下骨の問題に着目し、3年前から南教授と共同研究を行ってきた。そして、骨密度を回復する作用があるとして注目したのが、筋骨草という植物だった。

 

紫蘇科に属する筋骨草は、日本中どこにでも自生しているありふれた植物だが、九州地方では「医者いらず」の異名を取るほど体にいいものとされ、得に熊本県地方では「外科倒し」と呼ばれるなど、骨の病気に対して効果があることが経験的に知られていた。

「そこで、グルコサミンと筋骨草エキスを併用したらどのような効果が得られるかをアサヒさんと共同で研究したわけです」

 

 先ほどのグルコサミンの実験と同様、ウサギの関節の軟骨に実験的に損傷を与えその経過を見る実験が行われた。今度は、何も与えないウサギ、グルコサミンを与えたウサギ、グルコサミンと筋骨草エキスの両方を与えたウサギの三通りの比較である。

 

結果は実に興味深いものだった。グルコサミンの投与によって軟骨が再生することはすでに実証済みだったが、筋骨草エキスを併用した場合には、軟骨だけでなく軟骨下骨まで再生していたのである。

 

「骨粗鬆症とは、破骨細胞という細胞が活性化し過ぎて骨を吸収してしまうことで発症しますが、筋骨草エキスはこの破骨細胞の働きを抑制する一方で、 骨芽細胞(骨の元になる細胞)を活性化して骨化を促進することがわかりました。その結果、骨が脆弱になるのを防ぐことができるわけです」

 

グルコサミンは 不老長寿の妙薬?

 グルコサミンには軟骨を再生させる以外にも、炎症を抑制する効果や血液をサラサラにする(血小板の働きを抑制する)効果などがあるそうだが、南教授によれば、いま最も注目されているのがオートファジー(自食作用)を引き起こす働きだという。

 

「オートファジーとは、簡単に言うと細胞の中の大掃除です」

 

タンパク質はストレスを受けると変成してしまい、異常な構造を持ったタンパク質(変成タンパク質)が生成される。これが集まって細胞内にタンパク質 凝集体が形成されると、これが毒性を発揮してアルツハイマー病、パーキンソン病、肥満症、心臓病などという疾病を引き起こすことになる。

 

オートファジーとは、このタンパク質凝集体を分解し、分解されたものを再利用する作用である。オートファジーが体内で絶え間なく起きていれば、アル ツハイマー病やパーキンソン病を予防することができることになる。このため、オートファジーは健康長寿の新たなキーワードとして、いま世界中で注目をされているという。

 

オートファジーは飢餓(カロリー制限)やレスベラトール(赤ワインなどに含まれる)、スペルミジン・スペルミン(納豆などに含まれる)の摂取によっ て引き起こされるが、最新の研究ではグルコサミンが最もダイレクトにオートファジーを引き起こすことがわかってきたというのである。

 

「グルコサミンを摂取すると、細胞内にオートファジーが誘導されます。それによって、細胞内の大掃除が行われて細胞が若返る。おそらくあと2、3年もしたら、健康食品の世界はオートファジーの大合唱になるでしょう」

 

ワシントン大学のエミリー・ホワイト教授が行った大規模な調査によって、グルコサミンには延命効果があることが確認されている。それは、変形性膝関 節症に有効なだけでなく、オートファジーによって細胞の若返りが起こるからではないかと南教授は指摘する。軟骨の回復だけでなく健康長寿にも効果があるとなると……。

 

「これを飲まない理由はないでしょう(笑)」

 

数年後、果たしてグルコサミンが不老長寿の妙薬として世の中に認知されているかどうか、興味深いところである。